明治大学発ベンチャー第4号~(株)スペースシーファイブで日本の科学技術を牽引してゆきます!
明治大学発ベンチャー第4号(理工系初)としての起業に至った経緯
MIMSの、多数の留学生や外国人研究員など多様な人材が集まる環境の中から、我々のグループも図3のような、多様な研究成果が得られました。一口で纏めると、折紙工学と自動運転の技術となります。科学技術の興味は、人体の細胞など超ミクロな領域から、宇宙や海底など超マクロな領域にまで広がっています。超マクロ・ミクロの世界に共通することは、製造装置なしで自ら理想の構造形へと変身する自己折りや、宇宙や海底に物を運搬する際にはコンパクトにして送り出し目的地で、展開したり複雑な構造へと変身させることです。
これらに一番相応しい技術は折紙工学です。日本お家芸の折紙工学を世界に先駆け、このような超ミクロや超マクロな世界における課題を解決すべく起業を決意しました。宇宙や海底探索で、我々の因果の分かる高精度高速度のAIや制御技術からなる自動走行車を思う存分、活躍させてみたい思いも起業の要因となりました。

<図3>MIMS折紙工学グループの成果
(折紙工学には、折り紙で何でも作ってしまう折紙設計、紙などシートを折ると剛性が高くなることを利用する設計・製造、展開収縮性能を利用する設計製造がある。扇も折紙の一種で、見る角度により見え方が異なるので物語性が宿っている。現在主流のAIは、良く予測できるが、何故、そのように予測できたのか因果が不明とされている。我々のAIは、この方は、目の形で判断してるとか因果が分かるという特長がある。これが、自動運転の世界で、現在主流のAIでは、事前の、膨大な学習を必要とするところ、我々のAIではわずかな学習で済むことを鋭意示しています)。
その一方で、扇の魅力に取り憑かれたことも要因です。地球上に四大文明(メソポタミア・エジプト・インダス・中国文明)が誕生し、最初に求められたのが紙と、虫を避け、火を起こすのに必要なうちわです。紙・(ペーパー)の語源のパピルスは紀元前2500年頃頃に、エジプトで誕生しました。
エジプトや西洋の筆記用具はペンで、ひっかいて書くものですから、パピルスは厚みがあるので折畳むことはできません。日本や中国の筆記用具は、筆でしたので、紙は薄ければ薄いほどよく西暦105年に、中国後漢の「蔡倫」によって遂に薄紙が、パピロスの成功から何と2600年の時を経て発明されました。それほど困難だったのですね。
これは中国にとってもトップシークレットでしたので西洋に薄紙の製法が伝わるのは12世紀以降とかなり後のようです。日本には610年に今の韓国の僧が伝えてくれました。ありがたく製法を頂戴しましたが、日本人には自分で作って見ないと気がすまないDNAが宿っているのですね。全く異なった方法で700年頃に、和紙を誕生させました。
蔡倫の紙よりさらに薄く、厚さも均一となり、初めて美しく折畳める紙の誕生となりました。日本には、畳みをも毎朝畳んでいた位に“畳む文化”があったのですね。この文化と、折畳める和紙とが合わさり、日本に、“畳まれるうちわ、扇”が誕生しました。図3にも扇がありますが、左から見ると、ホトトギスが、右から見れば月が見えます。
これは小倉百人一首81番“ホトトギス鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる”と扇を、MIMSの我々がコラボさせてみたものです。江戸時代には、北斎や若冲など実に多くの素晴らしい絵師が輩出しました。
二次元の扇絵上で真円でも骨を挿し三次元の扇面図上では楕円になるなど、扇面図が歪む結果、見る角度により風景が変わることを利用した、我が国独特の世界に類がない三次元芸術が、絵師らの切磋琢磨により、構築されました。その多くは明治時代初期に外貨を稼ぐべく輸出により海外に出てしまったとのことです。
日本に残ってる扇は貴重なものですので、痛まないように、骨を抜いて、(骨抜きはここから来たということも聞きました)屏風などに貼られるため我々日本人も三次元芸術の素晴らしさを忘れているとの声もあります。
我々MIMSでは、二次元の扇絵上の写真や絵が、三次元の扇上でどのように歪むかの数式を誘導し、それを特許にしています。ベンチャーで経済的余力ができれば、世界に散らばった扇を写真で撮り、上記の特許をベースに、扇絵を作り、江戸時代の素晴らしい扇のレプリカを一堂に集めておきたいということも起業の要因となりました。
株式会社竹尾様、京扇子菱田様との協働による新たな価値創造
扇は見る角度により見える風景が異なることから、左から見ると上の句の風景が、右から見ると下の句の風景が見えるなど、我が国の誇る短歌、俳句、川柳、狂言と、扇をコラボさせること、のほかにも扇には、検討すべきことがあると考えました。それは、現在主流の、仙骨の両面に紙を張る両面張り扇に対し、片面にのみ張る片面張り扇の深堀です。
扇の誕生以来、京職人中心に扇骨の両側に扇面を張る両面張と片面だけに張る片面張の検討がなされてきましたが、片面張りは軽量で、骨の挙動の自由度が高く紙への負荷が高く、容易に進まなかったわけです。ここにきて、千代田区にある(株)竹尾様の紙を使用し、第8代将軍吉宗公の時代に創業の京扇子菱田の協力を得て図4に示すような孔雀扇と命名した片面張り扇を誕生させることができました。
ここで、折畳扇は、上述のように「折り紙」の一種です。すなわち、これまでの扇は、山谷山谷と同じ形状が続く蛇腹折りです。片面張りは、折りに対しても自由度が高くなりますから、これまでの蛇腹折りの替わりに、蛇腹折りと同様に同じ形状が続き、宇宙アンテナなどに使用されていますミウラ折りを採用しました。しかし、いくら自由度の高い片面張りでも、ミウラ折りでは畳むことはできません。折紙工学を援用し、畳めるように折れ線を設けると孔雀のような折れ線となり孔雀折り扇と名付けたわけです。扇誕生以来、13世紀の年を経て開発した孔雀折り扇は次のように位置付けられると考えています。
(1)現在主流の和紙三枚重ねの京扇子は、扇骨を両側から挟み込む両面張りの対称構造
(2)一方、骨の一側面のみに扇面を接着する片面張りは、非対称接着構造として骨の可動性を保持しつつ、和紙のみならず布や異素材への適用を可能とする技術
(3)扇面には現代のプロダクト紙を採用し、均質な繊維構造により安定した表面性と発色性を有し、印刷適性に優れ多様な意匠表現が可能
(4)この非対称構造は、従来の蛇腹折りに対して折り形状の自由度を拡張し、現代の多様な幾何学的折り構造への対応を可能とする
(5)そこで従来の蛇腹折りに対し、宇宙で活躍するミウラ折りを採用。但し、そのままでは、扇を閉じることが出来ず新たに孔雀折りを創出
(6)折りによる面の起伏表現や紙質のテクスチャやインクによる発色を際立たせることが可能
(7)日本の装丁文化を支えてきた紙と扇子を接続し素材特性や色彩表現の違いにより多様な展開
以上、21世紀に明治大学から誕生した“孔雀折り扇”の応援、どうぞ宜しくお願い致します。



<図4> 多様な折と色彩を可能とする孔雀折り扇
校友や在学生へのメッセージ
私は、社会人になるまで大阪や、京都で過ごしました。打倒東京の気持ちは人一倍強く、プロ野球は勿論阪神タイガース。明治大学に来て、六大学野球にはまっています。私は大谷選手とか既に功成り名を遂げてる選手にはさ程、興味はありません。神宮球場に行った際、選手の目がキラキラ輝いていることに嬉しくなりました。
勿論、母校に勝利を、の気持ちが一番強いでしょうが、何とかプロ野球のスカウトの目に留まり、プロ野球選手になりたいという明確な目標をもってるからでしょう。
しかし、それは極めて狭き門ですね。嬉しいことに、出身大学別のプロ野球選手の数ですが、明治大学が一番多いですね。それでも1年にプロに行けるのは2,3名ですよね。このように、それが達成できなくても、目標を持って頑張っていく姿に心が打たれます。このように夢を持って活動することは素晴らしいと思います。
明治大学の学生さんは優秀な上に、色々なスポーツでリードしているのはとても素晴らしいことに思います。、留学生も多く、活気があり、多様性がありますね。このような素晴らしい環境の中で、大きな目標を持って、1日1日を有意義に過ごしてください。
「孔雀扇」を手に取ってご覧いただけます
「折紙工学から生まれた扇子「孔雀扇」~くじゃくせん」と題しまして、9月19日~30日の間、体験型ポップアップ「さわれるMakuake」が渋谷サクラステージ ブルームゲートにて開催されます。この期間中の9月22日に「メイカーズタイム」と題した時間に私たちも参加することとなりました。
開発の背景やこだわったポイント、これからの展望まで、この場でしかお話しできない内容をお届けします。実機もその場で手に取ってお試しいただけますので、是非いらしていただけましたら幸いです。
「さわれるMakuake」
https://www.makuake.co.jp/5525/
会場:Shibuya Sakura Stage BLOOM GATE(東京都渋谷区桜丘町1-4)
萩原 一郎
明治大学 研究・知財戦略機構 研究特別教授/東京工業大学(現 東京科学大学)名誉教授
(株)スペースシーファイブ(明治大学発ベンチャー)取締役社長