明治大学発ベンチャー第4号~(株)スペースシーファイブで日本の科学技術を牽引してゆきます!
研究者としてのあゆみ
私が修士を修了して日産自動車(株)に入社した1970年代は、GM、フォード、クライスラー(いずれも米国)は世界自動車メーカのビッグ3とも称され日本の自動車メーカより技術的にもずっと先を行っていると日本の自動車メーカは思っていました。しかし、米国内に「どうもおかしい。日本車が我が国を走り回っているよ。日本車を米国土から追い出して欲しい」という世論が生じ、真に、貿易摩擦問題に発展していくところでした。
そこで米国政府の取った策は、「衝突安全規準を厳しくする」というものでした。米国車は大型車、日本車は小型車ですから、衝突安全規準を厳しくすることは日本車にとって、より厳しいものになるわけです。敗戦後4半世紀、日本人の暮らしが漸く上向いてきたのも、車の輸出、それも特に米国への輸出が貢献したこともあり、日本政府も真っ青になるくらい困難な規準でした。
トヨタ、日産とか言っていられず、オールジャパンで危機を乗り切ろうとの気運にもなりました。当時の日本メーカの技術の中心は何といっても日産自動車(株)、見事に乗り切る術を見出し、日産車がいち早く対応することができました。更に厳しい規準を米国政府は、課してゆきましたが、フィニッシュは、私のグループが成し遂げました。現在でも、世界の自動車の衝突設計は私を筆頭とするその特許をベースになされています。
これは、運動(衝突)エネルギーを最も多く吸収する柱構造に対し、途中で折れ曲がらずに軸方向の圧壊の誘導を如何に行うかでした。しかし。この方式でも、圧壊初期に大きな荷重がかかり、規準は満たしても、半身不随などの後遺症が残る可能性まで排除できない場合も生じます。東京工業大学(現 東京科学大学)から教授で呼んで頂いた際、大学で是非この対策を行いたいと考えました。
折紙工学に取り組んだ経緯
1996年4月に日産自動車(株)から東京工業大学に異動の際、「新しい研究領域」を切り開くことが期待され、今はやりのAIをやり始めました。今、AIの威力がものすごいことになっているのは周知の通りですが、その中でも自動運転に関するAIの要求が最も厳しいです。日本の大手自動車メーカも海外のWaymoなどのAIソフトを使いますが、非常に高価で、各社の最上級車くらいしか搭載できないという意見もあります。
それと我が国独自の自動運転技術がないことは、経済安全保障の観点からも問題とされ、日本独自のAIが必要とのことで、我々の技術が期待されていますが自動運転の記載はここでとどめます。さて、折り紙と一口で言っても図1に示しますように4種類あります。折り紙が何故日本で誕生し育まれたかの一番大きな原因は、和紙が初めて折畳める紙となったこと、和紙以外少なくとも12世紀までは折畳める紙が欧州になかったことでしょうか。
江戸時代に和紙が農家の副業で作られるまでは和紙は高価で一握りの上流階級にしか手に入らず、折り紙も熨斗など神に捧げる礼法折り紙となります。江戸時代になると、紙の大衆化が得られ、皆様お馴染みの鶴とか、亀とか、所謂遊戯折り紙が誕生します。その代表格の鶴をはじめ世界から愛されてる遊戯折り紙の殆どは誰が作ったか分からない。それ故に遊戯折り紙は、伝承折り紙とも称されます。20世紀になると、花紋折りを発明した折り紙作家の内山光弘氏らが、折り紙にも作者名をつけましょうということになり、これらは近代折り紙と称されています。
<図1>4種類の折り紙と折紙工学3つの要素
日本人はこの時点で、折り紙は尊い芸術であり、産業化するものではないと考えてしまった節があります。ところが、西洋では全く別の視点で日本の折り紙を捉えていました。
第2次世界大戦中に戦闘機の軽量化のために、ハニカムという構造体の大量生産方法をイギリス人が発明しました。この発明のヒントになったのが七夕などで見られる日本のアミ飾りでした。このハニカムは、今でもロケットや航空機に使われる優れた構造体で、数兆円規模の巨大な産業となっていますが、「このような発明が科学技術大国日本で誕生しなかったことは、我々、科学者技術者にとって恥ずべき事、我々日本人も折紙工学を始めましょう」となりました。
この折紙工学を提唱した野島武敏氏(当時、京都大学、後、MIMS研究員)は、これまでの礼法折り紙、遊戯折り紙、近代折り紙とは別に、新たに、植物の種や葉や昆虫の羽を模倣したバイオミメティクス折り紙を提唱し2000年前後、おびただしい数の論文を発表しました。その中から、上述の「圧壊初期に大きな荷重がかかり、これが衝突時の死亡数が減っても半身不随などの後遺症が残る一つの原因となっている」を解決する折紙構造体を見つけることができました。以上が折紙工学を始めた経緯です。
明治大学MIMSにおける研究・教育活動
2012年4月から、明治大学研究知財戦略機構の先端数理科学インスティテュート(MIMS)の特任教授で明治大学に来ることができたことは本当に幸運でした。MIMSは数理科学の分野で京都大学数理解析研究所、九州大学マスフォアインダストリ研究所に継ぎまして3校目の、私立大学では、唯一つ文部科学省認定の全国共同利用共同研究拠点となっています。
MIMSの初代所長の故三村昌泰先生(因みに、筆者は2代所長)は、実社会に現れる複雑な現象の数理モデルによる理解とその応用を進める「現象数理学」を創始しました。三村先生のおかげで、「折紙工学」を思う存分進めることができました。世界の若手のホープの明治大学石田祥子准教授も図2のような和気あいあいとした折紙グループ出身です。
私たちは応用数理学会や機械学会で研究成果を発表しますが、図2のように女性が多く、両学会からは、女性研究者の発表の比率を高めてくれるということでも、とても感謝されています。MIMSには学部学生はいませんが、折紙好きの学生も顔を出してくれます。また、海外からの留学生や外国人研究者も多く多様性ある研究環境で活気があります。


<図2>和気あいあいと、新しい折紙を作ってる様子(筆者は一番奥の男性)