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歴史は100年以上!マンドリン倶楽部よ永遠に!

在校生の活躍

歴史は100年以上!マンドリン倶楽部よ永遠に!

皆さんこんにちは。明治大学文学部文学科日本文学専攻4年の三上颯太です。今回、私自身の経験を交えつつ、今年創部から103年目を迎えた明治大学マンドリン俱楽部(以下、マンドリン倶楽部)での活動についてご紹介させていただければと思います。

音楽一筋!ではない幼少期

私は5歳からピアノ教室に通いはじめました。母や祖母が学生時代に吹奏楽やピアノなどの音楽経験があり、そのような音楽に魅了されて自分もやってみたいと思ったことがきっかけで…と言いたいところですが、実際のところはそこまで志高くピアノを習いはじめたというわけではありませんでした。

むしろピアノ教室の先生が優しかったから、とか教室の待機スペースに置いてあった元素図鑑(セオドア・グレイ『世界で一番美しい元素図鑑』創元社 2010年)が面白かったから、といった音楽とは関係のない理由から興味を持ったというのが大きな要因ではないかと、今は分析しています。

ただ、そういった演奏そのものというよりは音楽を取り巻く環境、音楽のある日常という空気が好きだったというのは、現在まで変わりはありません。みんなで楽しみながら音楽をやる、そこには演奏スキルとしての巧拙とか音楽的な知識の多少に関係なく、互いに賞賛し合う文化がそこにはありました。

二ノ宮知子『のだめカンタービレ』の言葉を借りれば、「自由に楽しくピアノを弾いて何が悪いんですか!」という考え方です。

マンドリンとの出会い

中学時代は音楽から離れ、バドミントン部に入部しました(読書をしたり、オリジナルの漫画を描いたりとインドア趣味の私ですが、一方では運動不足を感じており、ややふくよかな体型を気にする年頃でもあったので、運動部に所属することにしました)。

そして地元の公立高校に入学した際、転機が訪れました。入学式の新入生歓迎セレモニーでその高校のマンドリン部がミニコンサートを行っていたのです。私の母がその演奏を聴いて感動したようで、「颯太がマンドリン弾いてるところを見たい!」と言われてしまったのです。

正直に言うと、当時はあまりマンドリンに興味がなく、ギターの弾き語りとかできたらちょっとカッコいいかもなぁ、あわよくば女の子にモテるかなぁ、ぐらいの感覚で楽器体験に赴いたというところです。しかしながらその雰囲気は自分にはとてもプラスになったのです。

当時の私の個人的な意識として、吹奏楽部は上下関係や音楽的な上達にシビアで、その空気に負けてしまうのではないかと懸念していました。楽しく音楽をやりたいと考えていた私にとって、初心者が多く純粋にみんなで一つの音楽を作っていこう!という気持ちが強いマンドリン部にとても魅力を感じたのです。

事実、そのまま高校の3年間はマンドリンを続け、顧問の先生の勧めもあり、大学に入学後もマンドリン倶楽部に入部。その先生が明治大学の文学部、しかもマンドリン俱楽部出身ということも数奇な出会いであったと思います。

マンドリン倶楽部に入部

高校時代のマンドリン部の活動内容は、せいぜい年1回の定期演奏会と高校の近所にある高齢者施設で演奏会を年数回行う程度の活動しかしていなかった私にとって、明治大学のマンドリン俱楽部の活動規模は衝撃的でした。

また音楽性も高校時代とは大きく異なり、その違いこそが入部の決め手になりました。先述の高校時代の恩師から、マンドリン倶楽部が出張演奏会を地元で開催すると誘いがあり、鑑賞に行ったことがあります。

そこでは古賀メロディをはじめとする昭和歌謡の他、クラシックや歌謡曲、洋楽など幅広い音楽を演奏していました。またマンドリンだけでなくパーカッションやシンセサイザー、エレキギターなどの電子楽器、管楽器との融合を味わい、それまで自分がやってきた音楽の新たな可能性に気づきました。

しかも部費が無料!私の地元・北海道をはじめとして日本全国で演奏会に参加することができる、ということに私の好奇心は高まり、大いに刺激を受けました。

学年代表を歴任した後、主将に就任

入部直後、私は新入生代表に任命されました。マンドリンの演奏経験があったことから、マンドリンを通じた音楽に多少の理解はあったと自負していたものの、私が入部した2022年はマンドリン倶楽部創部100周年の節目の年だったこともあり、初めは圧倒されてばかりでした。

またその年は、新型コロナウイルス感染症による演奏会の自粛から明け、2年ぶりの有観客での定期演奏会だったため、お客様の期待は尋常ではありませんでした。全国各地の演奏会も自粛ムードが明け始めており、まさに「待望の」といったお祭りムードでした。

その中で舞台に立ち、ゲストの方をはじめ、OB・OGの皆様と演奏会運営に携わることができたのは、とても貴重な経験でした。入部初年の定期演奏会のゲストは菅原洋一さんでした。『アスタシンプレ・アモール』『忘れな草をあなたに』など名曲の数々と菅原さんの歌唱力を間近で体感し、感動したことは言うまでもありません。

その他にも小林幸子さんやクミコさん、渡辺真知子さんに庄野真代さんといったプロの歌手の方々と共演する機会もあり、その技術とお人柄にはただただ感銘を受けるばかりでした。

海外での演奏会開催

そして2025年、マンドリン俱楽部は8年ぶりとなる海外での演奏会を開催。私は光栄にもその年に第103代主将として学生を代表する立場として様々な経験をさせていただくことができました。海外での演奏会は、日本のそれとはまったく異なるものでした。

開催にあたっては明治大学父母会から多大なるご支援を頂戴いたしました。また、渡航中はトラブルに巻き込まれないように動くことはもちろんながら、旅行代理店の方々のご協力のもと、渡航に関する準備等を一気通貫で行っていただきました。

そして重要となるのがマンドリンの運搬。移動途中で破損しては演奏会どころではなくなりますので、ハードケースに厳重な緩衝処理を施し、飛行機に預けるのですが、国内から持参する小さな楽器は1箱あたり20kgまでという制限があるため、数箱に分けて梱包し、輸送しました。

大型の楽器はレンタルを利用し、設営や撤収までの流れすべてを現地スタッフの方々にお願いするなど、音響昭明、司会に関しても通訳者を介して遅滞なく行うことができるようサポートいただきました。

特に明治大学校友会台湾支部の皆さんには、遠く日本からやってきた学生を温かく迎えてくださり、2回の演奏会の集客にもご尽力賜りました。そのおかげもあり、両公演とも満員御礼。終演後には万雷の拍手をもって楽しんでいただくことができました。

この事業は学生だけの力では到底なしえない大きなプロジェクトであったことは間違いありません。マンドリン倶楽部103年目、8年ぶり10回目の海外公演という節目のイベントを成功裏に終えることができたこと、また学生として貴重な経験ができたことすべてに感謝の意を表したいと思います。誠にありがとうございました。

今後の展望

マンドリン倶楽部は現在既存のお客様の高齢化、地方演奏会の減少といった課題を抱えています。定期演奏会に何度もお越しいただいている方々、学生の活動にご理解いただき、ご尽力くださるOB・OGの皆様がいらっしゃることは大変心強い限りです。ただ、その運営に関わっていただく皆様が年を重ねられ、活動にご参加いただくのが年々厳しくなっているのが実態です。

部員としても従来のような案内状送付の他に公式SNSを活用した勧誘活動を精力的に行っており、新規顧客層の拡大に努めておりますが、現状を大きく打破することができておりません。

伝統を継承させる姿勢はさることながら、創部以来の「何でも弾いてやろう」のフロンティア精神を今一度思い出し、曲目や演奏技術のブラッシュアップ、そもそものマンドリンの認知向上に取り組んでいくのが今後の課題であると考えています。

この記事をご覧の明治大学校友会の皆様、父母の皆様、明治大学やマンドリン倶楽部を応援してくださるすべての皆様におかれましては、これからも変わらぬご支援を、そして、どうか今後も明治大学マンドリン倶楽部のアクティブサポーターの拡大にご協力くださいますようお願い申し上げます。

 

文学部文学科日本文学専攻4年
三上 颯太
(2026年3月時点)