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世界の多様さを知った私が卒業後に「目の前の1人を癒やす福祉」を選んだ理由

卒業生の活躍

世界の多様さを知った私が卒業後に「目の前の1人を癒やす福祉」を選んだ理由

2018年政治経済学部経済学科を卒業した奥住 比沙子です。在学時は2度の海外留学のチャンスに恵まれ、入学前に漠然と「留学したい」という希望を叶えましたが、留学先で様々なボランティアに参加していくことで、新たな道に進む出会いがありました。卒業後進んだ道は福祉の世界。様々な世代が混ざり合う新しい福祉の形を実現すべく現在も挑戦を続けています。

学生時代の思い出~世界と繋がった3か月

入学する前から「大学生になったら留学をしたい」という想いがありました。初めは異国での生活への憧れから始まった想いですが、2年次に「UC Berkeley Summer Session」に参加するチャンスをいただきました。初めてアメリカの大学で世界各国からの学生とともに学ぶ環境に身を置いた時、生き生きと学ぶ学生の姿に驚きと嬉しさを感じたことを今でも覚えています。

とはいえ、一生懸命学んだ英語ですぐに話せると思っていたのですが、アカデミックな場では通じず、そもそもディスカッションについていかれない。そんな環境の中で周りの学生や先生方に助けられながら過ごした3か月は、自分自身でも大きな成長を感じる時間でした。帰国後も「留学生サポーター」の活動をしながら、その先のことを考えた時、「また留学したい」という想いがふつふつと湧いてきて、次のステップへ向けて準備を始めました。

4年次には交換留学でイギリスのマンチェスター大学に1年間留学しました。当時は先進国における貧困問題に関心を持っていたため、社会学を中心に学んでいました。幸いにもヨーロッパ各国から集まる留学生や日本語を学ぶ学生と交流でき、イギリスらしいことは逆にあまりしていないかもしれません(笑)。

ただ、ここで私の将来に大きな影響を与えた出来事がありました。それはボランティアとして参加していた「フードバンク」での活動でした。フードバンクとは、様々な理由で食糧の確保が難しい方向けに、寄付で集めた食べ物を配布する機関です。大学の敷地内にあったため「飛び込みでボランティアをさせてほしい」と頼んだところ、快く受け入れてもらいました。

夏季留学した米国カリフォルニア州UC Berkeley校

現在の職につながる。温かい飲み物と肩の荷をおろすこと

「フードバンク」でのボランティア活動を通じて様々なことを体験しました。寄付で集まった食料を種類ごとに分けたり、賞味期限を確認したり、すぐに食糧をお渡しできるよう様々な種類を一つの袋に入れて用意をすることもありましたが、しばらくするとそこに直接食品を取りに来る方の対応も任せてもらうようになりました。

イギリスに不法入国ゆえに公的制度に頼れない人、収入が少なく困っている大学院生、難民の方など背景は様々。私は一人ひとりのお話を伺いながら必要に応じて渡すものを調整することがありました。

ある日、一緒に活動をしていた方に教えてもらったのは、「ここに来る人はいつも何かしら肩の荷を背負いながらやってきます。だから来たらまず『温かい飲み物はいかがですか?』と聞いてあげてください。ここにいる間だけでも、その肩の荷を下ろして安心して過ごしてほしいから」という相手を気遣う暖かい言葉。

その言葉に、その後何度も考えさせられました。社会的に生きづらさを抱えている人たちにとって、居心地の良さを感じられる瞬間は不可欠です。同時にそれは、自分も含めて、生きづらさを感じているかどうかは関係なく、誰にとっても生きていく上で必要な要素なのでは、と思い始めたのです。

この体験をきっかけに自分が将来仕事を通して何をしたいのかを考え始めました。キーワードは「居場所」。人間は様々なものに居心地の良さを感じます。それは時に空間であったり、物であったり、人であることもあります。その形が何であれ、冬に飲む温かい味噌汁のような、誰かにとってホッと安心できる何かをつくることを仕事にしたいと思い、帰国後、就職活動を始め様々な業種の方とお話をし、仕事の場を見に行きました。そこで出会ったのが今の職場である「社会福祉法人福祉楽団」でした。

英国マンチェスター大学留学時代、「居場所」に出会う

福祉楽団での挑戦:多様な人々が混ざり合う場所

採用面談の時のやりとりは今でも鮮明に覚えています。当時、私が考えていたことを説明すると「奥住さんがやりたいことは、直接人に関わることで実現できるんじゃないでしょうか?」と言われたのです。そして入職して最初の仕事は「高齢者介護」でした。未知の世界に飛び込む感覚でしたが、やってみないとわからない、という気持ちもあり思い切って挑戦することにしました。介護の世界は、自分が想像していた何十倍も何百倍も奥深い仕事でした。

入職してすぐの頃は周りから「明治大学卒業したのに、なんで介護?」「留学の経験もあるのに、何で英語を使う仕事にしないの?」とよく聞かれました。その度に心の奥にモヤモヤするものを感じつつ、いつかこの仕事の価値が世の中にもっと知れ渡り、介護の仕事が若者にとって憧れの職になってほしい…と心の底から思っています。

老人ホームでの介護職員、そして施設のソーシャルワーカーとして経験を積み重ねた7年目のことです。同法人内で新たに開設する「実籾パークサイド」という施設の開設準備室に異動となりました。開設までの数か月間は、職員の採用から行政への提出資料の準備など、わからないながらにもがむしゃらに進み続けました。

筆者の職場である実籾(みもみ)パークサイド_オフィス玄関

垣根のない複合型福祉施設で見えてきた風景

そして2025年3月、「実籾パークサイド」は、日本でも珍しい複合型福祉施設として、無事に開設を迎えました。敷地の中には、認知症の高齢者の方が住む家(認知症グループホーム)があれば、その隣には様々な理由で社会的養護のもとにある子どもの住む家(児童養護施設)もあります。

将来的には障害を持った方の働く場所(障害就労支援)や、障害をもったお子さんの放課後に過ごす場所(放課後等デイサービス)も始まる予定です。だれでも使える交流スペースやバスケットコートも備えていることから、地域の方が犬の散歩がてら通りがかったり、地元の高校生が放課後に集まったりしている姿が日常の風景となりつつあります。

そんなちょっと不思議な施設で、老人ホームの介護職員/相談援助担当として仕事をしています。現場で介護もしつつ、入所している方のご家族や医療機関、近隣の社会資源を巻き込みながら、入所者のみなさんがより良い生活を送れるよう支援しています。

実籾パークサイド_バスケットコート。地域の人も集まる

福祉は遠いようで近い。誰かの居場所づくり、これからも

留学中に思った「誰かの居場所をつくりたい」。その思いを今も持ちながら仕事をしています。介護に疲弊している家族がいれば「この人と話すと少し肩の荷を下ろせる」と思ってもらいたい。

認知症で変わりゆく自分自身に不安を抱えている人がいたら、その人が安心して暮らせる生活環境をつくりたい。働くことに悩みを感じている人がいるのなら、その人が安心して働ける仕組みを作りたい。

学生時代には漠然としていたやりたいことが、様々な経験を積み重ね、想像していなかったことにも挑戦していくことでより鮮明になりました。

明治大学に在学中、様々な経験をさせていただいたおかげで、今の自分があることを確信しています。まさか自分が福祉の仕事に就くとは、学生時代には全く想像していませんでしたが、今ではとても自分の気持ちにしっくりとはまっています。

福祉は人間が生きていれば人生のどこかで関わるものです。ただ、自分事にならないと知ることができない一面も持っています。遠いようで近い福祉の世界で、これからも人々の日常を支えることに微力ながら関われていけたら嬉しいなと思っています。

2018年
政治経済学部経済学科卒業
奥住 比沙子
社会福祉法人福祉楽団 実籾パークサイド事業部 ケアサービスワーカー/相談援助担当
社会福祉法人福祉楽団
HP:https://www.gakudan.org/