自然と人が共生する未来目指し、環境保全に取り組む
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人が生きていくために不可欠な分野、突き進む
1999年4月、私は明治大学農学部農芸化学科に入学しました。農芸化学科を選んだのは、人が生きていくために欠かせない分野で働きたいと考え、食品はその基盤だと思いました。そこで、「食品」について学べる農芸化学科を志望しました。
また当時は、地球温暖化や森林伐採、廃棄物処理などの環境問題にも興味がありました。農学部なら自然と環境の両面から学べると思い、食品と環境を俯瞰して学べることも志望の決め手になりました。
ただ、大学生活で苦労したのは勉強でした。入学後は毎日のようにレポートに追われていた思い出ばかり。専門分野を理解するための基礎科目、実験・実習に明け暮れるも、苦労を共にして励まし合ったのは同じクラスの仲間たちです。この時期に強い繋がりができました。今でもとても仲が良く、食事に行ったり、旅行に行ったりと顔を合わせています。
土壌学研究室での貴重な学び。国内外の学生たちとの交流
3年次になり、私が選んだのは「土壌学研究室*1」でした。選んだ理由は2つありました。「土壌」とは、まさに人間生活の基盤であり必要不可欠。人の生活との密接な関りと興味を持ったこと、これがひとつ目です。2つ目が国内外の大学との交流が盛んに行われていることでした。土壌学研究室では、国内の近隣の大学だけでなく、台湾やオーストラリアの大学との研究を通じた国際的な交流があります。たとえば、土壌のサンプリングや環境保全に関する研究活動は国内で行われましたが、海外でもフィールドワークや研究発表の機会があり、この研究室からも参加することができました。
研究室には大学院博士前期課程まで在籍しました。研究を通じて、国内外の他大学の学生と交流した経験は、自身の研究を深められただけでなく、多様な文化やライフスタイル、考え方に触れることでもありました。自分のコミュニケーション能力もこの時期に大きく育まれたと感じています。
*1 土壌学研究室 現在は土壌菌学研究室:明治大学 農学部 農芸化学科HPより https://meiji-agrichem.jp/
中国に研修(2019年10月)
環境省に入省。自然保護官として日本全国で活動
大学院を修了し、2005年に環境省へ入省しました。環境省を選んだのは、自然は私たち人間、生きるものにさまざまな恵みを与えている生活の基盤であるため、その自然を保護する仕事に携わりたいという想いからでした。
入省後、一般職自然系職員、通称「自然保護官(レンジャー)」として勤務してきました。自然保護官の業務は、自然環境の保全や管理、野生生物の保護、自然と人との共生を実現するための多岐にわたる分野となります。ですから、自然保護官の業務として特徴的なことといえば、主な勤務地が国立公園などの現場を担当する地方の事務所であるということ。そのため引越しを伴う異動が頻繁に発生します。
私も国立公園や希少種の保護、自然とふれあう施設の整備などを担当してきました。入省後21年の間に10回の引越しを経験。赴任先は、南は沖縄から北は北海道まで、日本各地を拠点として活動してきました。
自然は地域と共に築き保つもの
地方の事務所では、現場の第一線に立ち、「保護地域の管理」や「希少種の保護」などの業務を担当します。私の最初の赴任地は熊本県阿蘇市の事務所でした。最初に強く感じたことは、業務を進めていく上で、地域の方々の理解と協力は不可欠であるということ。そしてそのためには、まず私たちと地域の方々とのコミュニケーションが大変重要であるということでした。
自然環境の保全は環境省の任務です。しかし、実際にその取り組みを具体化し、進めていくのは、その自然環境を利用している自治体や地域住民の皆様です。環境省は自然環境の保全に関する仕組みを作りますが、その仕組みを地域で活用していただかなければ自然環境の保全は進みません。
自然環境の保全に、自治体や地域の皆さんの理解と協力が欠かせない理由はここにあります。地域で活用してもらうために、自然保護官は地方の事務所に赴任し、自治体や地域の方々と一緒に具体的な取り組みを進めていきます。ですから、地方の現場では、自然に関する知識以上に、コミュニケーション力や協調性、そして柔軟な対応力が求められます。仕事の相手は「自然」ではなく、いつも「人」だと強く感じています。
私は農芸化学科で学び、自然に興味・関心がありましたが、保全に関する専門的な知識はほとんどありませんでした。それでも今まで仕事を続けてこられたのは、大学時代に国内外の学生と交流する中で、コミュニケーション力を養うことができたからだと思っています。
トキを自然に戻す。思い出深い佐渡の勤務
思い出深い仕事といえば、やはり新潟県佐渡市の佐渡自然保護官事務所での経験です。環境省は野生生物の種の保存も任務の一つとしており、佐渡自然保護官事務所では、日本の野生から絶滅したトキを再び自然に戻すという「トキ野生復帰事業」に取り組んでいます。これは、環境庁(当時)発足当初から実施している一大事業であり、私は令和5(2023)年6月から令和7(2025)年3月まで本事業を担当しました。
「トキ野生復帰事業」とは、野生に放すトキの飼育繁殖と、それを野外へ放鳥する活動が主な内容です。しかし、事業の達成には、「放たれたトキが野生で生活できるよう、生息環境が整備されること」が必須となります。そのためには、トキと共に生活することになる地域住民の皆様のトキに対する理解や協力が不可欠でした。
歴代の佐渡自然保護官事務所職員は、トキを野外に放鳥するにあたって、地域住民の皆様にトキを理解していただくため、島中を回って膝を突き合わせて話し合いを続けてきました。その成果もあり、私が着任した頃には、トキは佐渡島の野生で500羽を超えるまでになっていました。
2024年10月14日~20日に佐渡島内で確認されたトキ
(X:環境省 佐渡自然保護管事務所より)
佐渡から本州へ道拓く。人事院総裁賞の受賞
トキの野生復帰が進む佐渡で、私には本州におけるトキの放鳥を検討するミッションがありました。トキは江戸時代には日本全国に分布したと言われており、1970年には本州に最後に生息していたトキが石川県で捕獲されています。本州でトキを放鳥するために関係者と厳しい調整を重ね、2025年2月に、国民に向けてトキを本州で放鳥するという方針を出すことができました。
それらの地道な実績が実を結び、とうとう佐渡自然保護官事務所での「トキ野生復帰事業」が、日本の自然環境保全に大きく貢献したとして、「令和6(2024)年度人事院総裁賞」を受賞することができました。人事院総裁賞はなかなか受賞できるものではありません。各種メディアにも取り上げられました。大変光栄に感じています。
第37回 人事院総裁賞授賞式(2025年2月)
※佐渡自然保護官事務所公式Xより
https://x.com/Kankyo_Jpn/status/1896429365694722554
釧路の自然と人との共生、新たな未来描く
2025年4月からは、北海道釧路市役所に出向しています。市民環境部の自然環境計画主幹として、釧路市の生物多様性を今後も保全していくために必要な計画の作成に取り組んでいます生物多様性を保全するにしても、人の生活も重要であるため、自然と人の共生を目指した計画を作成することしています。釧路の自然は、国内でも有数のスケールと生物多様性を誇っており、この地で自然と人との共生を実現する取り組みに関われることに大きなやりがいを感じています。
タンチョウ(SUPER FANTASTIC 釧路・阿寒湖観光公式サイトより
全国どこでも出会いと再会。母校への誇りこみあげる
赴任先は変わっても、大学時代の仲間は変わらず、どこにいても連絡をくれたり遊びに来てくれたりする存在です。大変ありがたく、全国を巡る中での支えになっています。また、明治大学の先生方には環境省の有識者会議の委員を務めていただくなど、今でも大変お世話になっています。
少し話は遡りますが、2021年から約3年間、福島市の事務所で東日本大震災の災害廃棄物の業務を担当しました。私がその事務所に着任する以前に、大学・大学院時代の恩師が研究で復興支援に携わっていたという記録を目にする機会がありました。福島勤務時に恩師に会うことができなかったのは大変残念ではあったものの、このように母校が社会に貢献している様子を目にすると、大変誇らしく感じたことを今でも覚えています。
大学時代の仲間が佐渡に遊びに来てくれました(2023年11月)
国家公務員という選択肢、興味持ってほしい
最後に在学生の皆さんへ。
国家公務員は、全体の奉仕者として国の施策を前に進めていくことが仕事です。私自身、入省当初は「何ができるか」よりも「なぜやりたいか」の気持ちが原動力でした。国の仕組みを考え、未来の社会を形づくる役割を担う国家公務員。環境、福祉、経済、災害対応――そのどれもが、誰かの暮らしに直結しています。自分の関心や経験が人や社会のために生かされる場所は、必ずあると感じています。
明治大学の学生の皆さんが、このブログがきっかけとなり、国家公務員という道を選択肢のひとつとして考えてもらえたら嬉しいです。皆さんの歩む未来に、心から期待しています。
平成17年
大学院 農学研究科農芸化学専攻修了
釧路市市民環境部環境保保全課(2025年時点・環境省より出向)
篠﨑 さえか
参 考
佐渡自然保護官事務所が令和6年度(第37回)
人事院総裁賞を受賞(2025年02月25日)
https://kanto.env.go.jp/press_00104.html
野生下のトキにおける今期最初の抱卵の確認について
(環境省:2025年3月19日)
https://kanto.env.go.jp/press_00112.html